ANA国内線【PR】

カテゴリ:ちぃの入院(急性糸球体腎炎)

  • 嵐のあと…【その4(ラスト) 】
    [ 2006-04-30 21:15 ]
  • 嵐のあと…【その3】
    [ 2006-04-27 21:14 ]
  • 嵐のあと…【その2】
    [ 2006-04-25 20:37 ]
  • 嵐のあと…【その1】
    [ 2006-04-24 09:50 ]

嵐のあと…【その4(ラスト) 】

■4月4日

仕事を終えて病院に着くと、担当医が来てくれて説明があり、各検査の結果、明日以降いつでも退院できる状態であると告げられました。
ただし、顕微鏡的血尿は3+残っており、これはなかなか消えないものであると…。
血尿が検出されている間は運動制限…。体育は見学、大好きなダンスもお休みしなければなりません。制限期間は2ヶ月程度から、長くて半年ほども続くことがあるそうです。
5月に運動会があるのに残念ですが、11日の入学式の前に退院できることを一緒に喜びました。

退院5日後に検診予約をして、翌日の午前中に退院。
日常生活で食事制限は必要ないけれど、蛋白質と塩分はなるべく控えめにと言われ、減塩しょうゆ等色々買ってきました。
18日ぶりの帰宅。子供の望む食事を作り、久しぶりに一緒に入浴して一緒に眠りました。つかの間の安心に浸っていたのですが…

■4月6日~4月9日

退院翌日の午後から38度を超える発熱。木曜日で普段行く小児科はどこも開いておらず、初めての小児科へ車を走らせました。
退院証明書を持参して腎炎の経緯を説明し、インフルエンザと溶連菌の検査をしてもらいましたが、どちらもマイナスで、退院早々どこかで風邪を貰ってしまったのではないか、とのこと…。
夜には40度まで上がり…翌日、退院後検診を待たずに入院していた病院に連れて行きました。
レントゲンを撮りましたが肺炎は綺麗に治っており、心電図もお願いしましたが心筋炎などでもなく、何かの感染症でしょう、としか診断されず…。
起き抜けは平熱なのですが、起床後すぐに体温が上がり始め40度を超える日々。心配しながらも数日…栄養のバランスのいい食事を頑張って用意し、水分をこまめに取らせて次回検診日を待ちました。

またしても仕事を休まねばならなくなって辛かったのですが、ちょうどこの頃、仕事は編集部のゴタゴタで締め切りがいくつか先延ばしになっていました。
そのため、死ぬほど忙しい修羅場時期ではなかったので、休んでもあまりに多大なご迷惑を掛けずに済んだことは、私にとっては不幸中の幸いでした。

■4月10日

本来の検診日。発熱5日目なので血液検査をされました。
結果、脱水はないのですが、塩分がちょっと足りてませんねと言われました…。塩分は控えるように指示があったので毎日薄味で頑張ってきたのに;; そう伝えると、熱がある間だけはもうちょっと塩分採ってください…と(T-T)
今までの抗生剤が効いていないので薬を変えるとのこと。診察の間も体温は40度以上。駐車場はいっぱいで、第二駐車場は遠く、風は強く、調剤薬局は混んでいて、診察と合わせて2時間待ち以上で、辛い検診でした。

■4月11日

前日は最高9度台におさまり、やや高熱のピークが低くなってきたのですが、この日明け方4時頃に子供の身体が酷く冷たいことに気付きました。検温すると34.8度。見たこともない低体温でびっくり…!布団を掛けて抱いて暖めましたが、朝目覚める頃もまだ5度そこそこ。午前中ずっと5度台で、昼過ぎにやっと6度を超えました。

この日は入学式でした。平熱が24時間以上続いてから登校してくださいと医師に言われていたので、やむなく欠席…。学校に電話し、欠席の理由と運動制限について担任の先生にお話ししていました。
すると、この日、午後に校長先生と担任の先生がうちを訪問してくださいました。入学式で配られた沢山の教科書や冊子・プリント類を持ってきてくださり、私も腎炎の経過や運動制限について詳しく説明させていただくことができました。
でも、午後の先生方の訪問時は平熱だったのですが、夕方には上がって就寝前には39度…。明け方と5度も違う…この体温の振り幅には驚くばかりでした。

■4月13日

12日は終日7度を超えず、2日休んだだけでどうにか初登校を果たしました。
暫くは35度台の低体温が続いていたのですが、14日に診察を受けると、高熱が引いたのち低体温になることはたまにあることで、徐々に平熱に戻っていくだろうと言われ…その言葉通りに3日ほどで6度を切らなくなりました。

随分と長くなってしまいましたが、入院記はこれで終わりです。最近はちびは元気に学校と学童に通ってくれています。まだまだ二週に一度の通院と運動制限は続きますが、担任の先生も学童保育の職員さん方も信頼できる方々に恵まれ、私も安心して仕事に通えるようになりました。
こんな大病は初めてで、我が家にとっては嵐でした。笑顔の日常を取り戻すことができて本当に嬉しいです。
Tags:# 

by momose955 | 2006-04-30 21:15 | ちぃの入院(急性糸球体腎炎)

嵐のあと…【その3】

■数日は大きな変化もなく過ぎて、3月24日。

この日、朝私が病院に着いた途端腹痛を起こしたチビ。トイレに連れて行きましたが治まらず、お腹が痛いと泣き喚き…担当医が診てくれ、腹部のレントゲンを取りました。結果は異常なし。
入院6日…そろそろ家が恋しくなってくる頃なので、この時期泣いたり腹痛を起こしたりする子供は割といるとのことで…。
熱は8度台でしたが、その後も一日中ぐずぐずと泣いたり甘えたりしていました。水分は指示通り与えていましたが、朝食も昼食も手を付けず、私が少しの間病室を離れることすら嫌がり、お家に帰りたい、お母さんがいい、お母さん行かないで…と。
まだまだ我慢させないといけないのだと思うと可愛そうでたまりませんでした。
夕食はどうにか半分食べました。ホームシックのため一晩外泊を…と希望してみましたが、まだ無理だとの答え…。
寂しがる子供を置いて、夜帰宅しました。

■3月25日~3月30日

ホームシックの翌朝からは、気が済んだのか意外なほどケロッとしていました。
買い与えた漫画を読んだりパズルで遊んだり、プレイルームの許可がおりたので行ってビデオを見たりブロックを組んだり。夕方になると上がっていた熱も37度を超えなくなり、シャワーも浴びられるようになりました。
私が用事で半日外出しても平気でした。この分なら昼間は仕事に行っても大丈夫かも…と看護師さんに相談してみたら、全く問題ないですよ~、と。
血液、尿検査共に徐々に改善傾向が見られ、咳も軽減し、吸入の必要もなくなりました。
食事がなかなか取れなかったのですが、栄養士さんが数度に渡って食べ物の好みを聞きに来てくださいました。好き嫌いの傾向を伝えると、ちびの食べやすいものを工夫して出してくださいました。だんだんと食べる量が増えていき、完食することも多くなりました。
帰り際は「バイバイ、また明日ね~」と手を振ってくれるようになりました。

■4月1日

子供が、四六時中付いていなくても大丈夫そうになってきたので、この日から昼間は仕事に行き始めました。
朝7時頃車で病院着。子供の様子を見て、8時の朝食を運んで、食べ終わる前に「行ってきます」。病院の最寄り駅から電車を乗り継いで東京の仕事場へ。
6時の夕食時間の少し前に病院に戻り、一日の様子を子供と看護師さんに聞きました。
ちびは私がいなくてもちゃんと診察と検査を受け、食事をとり、言いつけを守っていました。とてもしっかりした子だと看護師さん達に言って貰え…離れるのは不安でしたので、ほっとしました。

小児科病棟は短期入院が多く、ちびはとっくにこの病室で一番古い患者になっていました。
仕事復帰した日、新しく同じ病室に入院してきた小さい子のお姉さん(2年生)と友達になり、プレイルームや病室で毎日仲良く遊んでいました。私が仕事でいない間もその子達がいてくれたお陰でちびは楽しく過ごせたようです。
その子達の方が先に退院していったのですが、退院時お姉さんがちびに手紙を置いていってくれました。
退院後、ちびが返事を書いて出しました。彼女たちも元気に、楽しい新学期を迎えていますように。
Tags:# 

by momose955 | 2006-04-27 21:14 | ちぃの入院(急性糸球体腎炎)

嵐のあと…【その2】

■3月19日

発熱は変わらず40度近く。起き抜けから咳が酷く、痰がひっきりなしに出るので他に何も出来ない状態。
喋ることもままならないチビが「こんな子になりたくなかったのに」と呟いて…涙が出ました。
日曜日は担当医がおらず、より詳しい検査の結果が出るまでは、病状や入院期間についてのはっきりした話は出来ないとのことで、いつまで入院でしょうか…と尋ねても医師によって返答が違うので、入学式に間に合うかどうか、とても気がかりでした。
食は全く進まず、ただでさえ少ない腎臓病食が1時間以上かかっても半分も食べられず…。
咳の為1日4度の吸入。高熱のため度々頭痛や苦痛を訴えますが、アイスノンは嫌がり、解熱剤も使わない方が良い為何も出来ません…。
でも、怖いくらいパンパンだった顔が、夕方頃には少し元に戻って来た感じがしました。望みをつなぎ、9時の消灯と共に、この日は帰宅しました。

■3月20日

7時頃病院を訪れると、検温済みで8度台でした。顔を見るとすっかりむくみは引いていました。むしろ隈が出来ていて、落ち窪んだギョロっとした目になっていました…。
水分制限の上食事もあまり取れてなく、更に高熱で蒸発量が多いので軽い脱水の可能性があるとのことで、1日500mlの水分摂取プラス食事が取れなかった時はその分水分を補うように指示されました。
体重は18.6kg…むくむ前の体重に近くなってきました。
ところがこの日、尿蛋白が検出されてしまい…腎臓病の典型的な症状なので予想はあったのですが、病名は急性糸球体腎炎…退院には尿中の蛋白が無くなること、血液の炎症反応が下がり補体が上がること等が必要で、入院期間は2週間~1ヶ月位だろうとの予想を告げられました。
入学式は諦めてしっかり病気を治そうと覚悟を決め、チビにもそう言い聞かせました。一緒に頑張ろうね、と。
熱はだんだん上がって結局40度…。咳込みも続き、時々咳と共に嘔吐しましたが、昨日ほど苦しがることはなく、咳をしながらでも遊ぶことができました。同じ病室の4年生の女の子が構ってくれ、一緒に遊んでくれたので随分寂しさを紛らわせることができたようです。

余談ですが、向かいのベッドだったこの女の子、とても愛嬌があって人懐っこく、ちびの相手もしてくれたのでちびも喜んで、私も嬉しかったのですが、お母様が台湾の方でした。ある時カーテンの外からお母様の話し声が聞こえてきて、中国語圏の訛りだと判ったので、女の子に尋ねると「うん、台北だよー」と…。
珍しい偶然! その後、お母様ともお話しさせて頂きました。懐かしかったです。
彼女は計3週間の入院を経て、ちびが入院した約1週間後に退院していきました。今も元気でいるといいのですが。
Tags:# 

by momose955 | 2006-04-25 20:37 | ちぃの入院(急性糸球体腎炎)

嵐のあと…【その1】

■3月15日

気付いたきっかけは、顔のむくみでした。
朝からちびの瞼が腫れぼったかったのですが、そのうち引くだろうとあまり気にせずにいたら、夕方になっても引かないどころか一段と目の周りがふくらみ、翌16日朝には頬もぱんぱんになっていました。
朝イチで小児科へ。前夜、ネットで子供の顔のむくみについて検索し、急性腎炎かネフローゼかも知れないと怯えていました。試験紙による尿検査の結果、案の定血尿が検出され…さらに詳しい検査をするが結果は翌日にならないと判らないとのこと。
咳、鼻水など風邪症状もあったので、抗生剤と風邪薬を処方されて帰りました。

心配の中迎えた17日。いきなり8度の熱…。顔は別人のようにむくみ、足も腕もひとまわり大きくなって膨らんでいました。
それでも本人は機嫌も普通で食欲も普通でした。夕方、検査結果を聞きに小児科へ。ところが…結果は白。
尿蛋白も潜血も出ていない、他の数値も正常値…!?でも昨日、試験紙で血尿が出たのに??
心配ないでしょう…で済んでしまいそうな雰囲気の中、浮腫が激しいこと、身体が急にひとまわり大きくなったこと等を伝えると、体重を量られました。浮腫は急激な体重増加を伴います。結果は20.3kg。2ヶ月前に同病院を受診した時より2kg増えていました。
子供で2ヶ月で2kgの増加は異常なので、詳しい血液検査等した方がいいと、総合病院への紹介状を書いてくださいました。

■3月18日

先日までゆるめだったボトムがきつい。瞼はいっそう腫れて開いているのかどうか判らない程。
総合病院を訪れ受診。尿検査、レントゲン、血液検査で急性腎炎の疑いが濃厚と診断され、その場で即入院となってしまいました。
この頃咳もだんだん酷くなってきていたのですが、肺に白い影がたくさん写っていて、水もたまっており、心肥大も見られると…。
「入院いや…」と泣く娘をなだめながら、泣きたかったのは私。しっかりしないと…。
安静が絶対必要な状況だったので、6人部屋の病室へ、車椅子を押して行きました。夫に連絡を入れると駆けつけてくれ、一緒に色々と治療の説明を受けました。

・水分制限。一日に飲んだ水の量をきっちり量って記録する。上限500ml/24hを超えないようにすること。
・24h蓄尿を毎日。
・塩分、タンパク質、カロリーの制限。食事は制限食が出る。一日に取っていい塩分量は2g。
・安静。洗面とトイレ以外はベッドから降りてはいけない。
・利尿剤と抗生剤の服用。

担当医は男性の研修医で、指導医としてついてくださったのは女医さんでした。
ショックは大きかったけれど、病室は清潔で、6人部屋とはいってもカーテンで完全に仕切られプライバシーも確保でき、スタッフの皆様も感じが良く説明も丁寧で、おかげで随分落ち着くことができました。

でも、午後からだんだん熱が上がって夕方頃には40度を超え…激しい咳もひっきりなしで横になれず…。
腎炎では発熱しないが、肺炎の影があったのでその影響だろうと言われ、咳込みの合間に頭が痛い辛い苦しいと泣く娘に看護師さんが熱冷ましの座薬を2個入れてくれました。
子供があんまり辛そうで私まで泣いていたら、「お母さんが不安そうな顔をしていると子供は敏感に察する。あまり心配そうにしていたらダメ」とあとで注意をうけました。…しっかりしなきゃ。

本来なら4歳以下の子供にのみ付き添いの宿泊が許可されるのですが、大きい子供でも入院に対する不安が強い場合などは初日のみ泊まり込んでもいいと言われ、その夜は病室のベッドで一緒に寝ました。添い寝想定のためかベッドは大きめで窮屈さは感じませんでした。
消灯後も咳が酷く、熱もとても高く、水もあまり飲ませられないので、抱きしめて背中をさする以外何もしてあげられず…。
不安を悟られないように気を付けながら…ごめんねお母さん何もしてあげられなくてごめんね、と子供に見えないように泣いていました。
夜中、咳込みと共に嘔吐してナースコールしたり、制限量ギリギリまでスプーンで少しずつ水を飲ませたり、あまりに酷い咳に看護師さんが加湿器を貸してくれたり、吸入してくれたり、いつ眠ったのか、眠ったのかどうかすら判らない一夜が過ぎていきました。
Tags:# 

by momose955 | 2006-04-24 09:50 | ちぃの入院(急性糸球体腎炎)